バリ島民家の旅


バリ島には、さまざまな文化が息づいています。
実はめっこ、学生時代に、そんなバリの伝統建築を研究していました。
たくさん訪れた村々の中から、印象深かった村をご紹介します。
観光ガイドではゼッタイに訪れることのできない、もっともっとディープなバリを、どうぞお楽しみください。

スカワナ

 
スカワナはバトゥール山の近くにある山村です。
バリ舞踊「Sendra Tari」の話の発祥となった村、バリの王様と中国の王妃が結婚した話は、このスカワナのことといわれています。
 いくつもの世帯が横につながりロングハウスのような長い屋根を形成しています。
なんてすばらしい眺め!

それぞれの屋敷地の中で土地的に高い方に家族寺があり、連続した屋根の一棟で一家族。
この中の1部屋に1世帯が住むそうで、ここに住んでいる人はみんな一族なのだそうです。


では、ロングハウス状の一棟をクローズアップしてみてみましょう。
 このロングハウスには、今はおばあちゃんが一人で暮らしています。
一族のみんながデンパサールや近くの町へ出稼ぎに行って、住み着いてしまったそうです。
この家族だけでなく、村中が極度に過疎化しています。
 

 この村では、一族が一つの長い屋根でつながった、こんな建物に住んでいます。
屋根がとても低く、家の中では少しかがまなければ、頭をぶつけてしまうほど。
これは、高地に住む人々の、暖を取るための知恵。
 
 室内は非常に暗く、正面に木の板でできた窓を2つ持つのみ。
 寒い山岳地帯の村。ほとんどの生活行為がこのワンルームで済むようなつくりになっています。

 物置の奥からは屋根裏へ登ることができ、ここにはコーヒーなどの農産物を蓄えておくのだとか。 


 これはブデッといって、竹を交互に編んで作った壁面。
 バリ伝統建築調査の間に出会った中で、いろんなブデッを見ましたが、山岳地帯ほど厚く、幅の広い竹を使う傾向にあるようです。

これが、伝統的なシラップ屋根。
竹を組み上げて作る。

シラップ屋根を使っていた頃は、調理時の煙がシラップの間から抜けるという、すばらしい排煙システムが成り立っていました。
現在は屋根がトタンに変わり、換気のため、窓をひんぱんに開けたり、料理中は開けたままにしなければらなくなりました。

 過疎化が進み、屋根の葺き替えをする若い人がいなくなったのも、手のかからないトタンに変わった理由です。
しかし、それによって、伝統的な排煙システムが機能しなくなってしまったのです。

 山間部で、上着がないと寒いと感じるこの土地で、窓を開けての調理はほんとに寒くて大変なの。とはここに住むおばあちゃん談。
 伝統的な建物が維持できなくなっていく、そんな過程が垣間見えたスカワナの村でした。


ソンガン

 
 デンパサールから北へ68km、バトゥール山のカルデラの中にあるバトゥール湖畔の村、ソンガン。
バトゥール湖をはさんで、対岸には風葬で有名な村、トゥルニャンがあります。

朝晩は気温が下がり、日中でも長袖の上着を着込んでいなければ寒いほど。
 ここでは、村全体が一族なのだそうです。
 朝早い訪問に、おじさんたちは寺の境内で闘鶏用のニワトリの品評会。

 
住居はスカワナの一世帯分が分散した形に近いもの。
また、家族寺は住居内部に持つのも特徴。
双子が生まれたり、何か特別不吉なことがあった時だけ、家の外に祠をたてるのだとか。

入口は小さく、窓さえも設けられていない。
朝晩の冷え込みの厳しいこの土地で、寒さをしのぐ手段。

 
おじさんの左奥に見えるのが
室内にある家族寺への入り口。
やっぱり家の北東のスペースに。


ソンガンの住居は、地面から少しあがって基壇が作られ、テラスを介し入口を入るようになっています。
住居内部は6つのスペースに区切られ、区域ごとにさらにレベル差を作っています。

シデタポ

バリ島北部の山間にある村。非常に急な傾斜の峰に沿って建物が建っていました。
ナッツ、特にクローブの栽培で有名で、道端のいたるところに天日に干したクローブがいい香りを漂わせています。


住居平面からみると、ソンガンやスカワナと同じグループといえるのですが、断面的には3段階に分かれ、基壇ごと高く作られています。
 
天井裏は穀倉になっています。

 

いくつかの家が集まって住んでいるのですが、隣だからといって血縁に関係はないのだそうです。

 

この村の慣習では、一世帯に1つ必ず家を持たなくてはならないといいます。
 そこで、家族が増えると伝統的なタイプの家の真正面にRumah biasa(普通の家という意味で、近代工法の家)を建てるそうです。
 一家族には必ず1つは伝統的なタイプの家を持っていて、ここに住めるのは、ヒンドゥー教のつとめをずっとやってきたお年寄り、通過儀礼・祭りの済んだ人、すなわちモクサ(Moksa)な状態に近い人間だけに限られています。
 若い世代はまだこの域に達さないため、伝統的な家の正面に新しく家を建て、そこに住むそうです。
 しかしこの若い世代の家もまた、レベル差はないけれど、中で3段階に領域が区切られた住居なのです。

プンゴタン

 
キンタマーニ高原からデンパサール方面へ向かう幹線道路の途中にある村。
 村の中を大通りが南北に通り、その大通りの脇から各敷地への門があります。

この村もかなりの過疎化が進んでいて、村全体が生活感のないガラーンとした雰囲気。
ちょうど村を訪れた日は、この村の寺のお祭りで、子供たちが帰ってきていました。

 
それぞれの屋敷地は一族で共有していて、短冊状に道に連なっています。(左図)


ほんとにガラーンとしてます。
そのそれぞれの敷地の最も北側に家族寺を持ち、同じ敷地内に住む一族で共有しています。
続いて台所棟、寝室棟があり、南の端に一族が共有する通路が伸びています。

プンゴタンでは、屋根の棟飾りのようなものがついている屋根が多く見られました。
これはイジュッと呼ばれるシュロの表皮からとれるヒゲ状の部分でできています。
両端が棟の下で連結されて、屋根の雨漏りを防ぐ役目を果たすのです。
トトロみたい。
曇ってたせいもあるんだけれど、村の中におおーっきな木があって、ちょっと寒くて、湿った感じで、まるでトトロの世界に来たみたいでした。

 
シラップ屋根の構造。
竹を割ったものを内側を上にして、背に切れ込みを入れて引っかけるのですね。


ブグブグ

 デンパサールの北東約50kmのところにあるブグブグという集落。海岸寄りの土地で、幹線道路から直角に村の大通りが延びている。
 村の入口からメイン通りを見ると、中央にアグン山がくっきり見えるという非常にきれいな構造をしている。


大通りから伸びる路地は、オランダ侵略当時、攻撃に備え塀を張りめぐらしたため非常に狭い(幅が80cmほど)。

 鍛冶屋(パンデ)の住居。門を入ると、まず、鍛冶屋の仕事場としての建物があります。
 これは4本柱の建物で、屋敷地内の、どの建物よりも基壇が高く作られています。
 
 やはりこの家を支える鍛冶という職業への畏敬の念が表れているのでしょうね。
 
奥にかまどがあるんですが、見えるかしら

この家では、やはり敷地の北東に家族寺が設けられ、その西隣には、寝室棟・ムテンがあります。
 今は物置として使われているのですが、建設当初は寝室として建てられたのだそうです。
中庭・ナターを囲み、それぞれの機能が分棟式で建っています。
 この家の人の話では、ブグブグでは、通常は家の敷地の東側に、6本柱の儀式棟を建てるのが普通なのだそうです。

ジュラ

 

バリ島北部の海岸沿いにある村、ジュラ。 山側から海岸線に向かって大通りが延び、その大通りと直角に屋敷地が伸びる。

 プンゴタンと同じように一族で短冊状の敷地を共有するのですが、ジュラでは、各世帯ごとに塀で仕切られることがない。
下図のようにひとつのコンパウンドを形成しているのです。

 各世帯にひとつサンガ・クムラン(世帯の祠)を持っており、その前に寝室、屋敷の南側に台所が建ち並んでいます。

基本的に6世帯がこのひとつの屋敷地に住むシステム。
新しく結婚した夫婦世帯は敷地の中に空いたユニットがあればそこへ住みます。
もし空きがなければ、この短冊状の屋敷地の地区から少し離れた村の周辺部へ移住します。
この屋敷地内の世帯数が増えることはないのです。

バリの平野の村々での家族寺にさまざまな神の祠があるのに対し、ジュラでは世帯のサンガであるサンガクムランだけ。

 ジュラはバリ島の北部で、アグン山の方向がデンパサールやサヌールとは逆向きになります。
 つまり南側が神聖な山の方向・カジャで、北側が不浄な海の方向・クロッドとされているのです。

 村の寺はプラプサとプラデサが村の土地の一番山側の端にあり、また、海岸線を歩いていく、最も海に近い場所にプラダラム・死者の寺があります。


ジュラを訪れた日はこの村のプラプサの創立記念のお祭りがあり、村人達がお供え物を持って大通りを行き来する姿が見られました。


プンリプラン

インドネシア政府の観光開発政策の一環として、バリ平野部の伝統的な集落を今も残す村、バリで一番美しい村として指定された村、プンリプラン。

印象としては、民家園的な雰囲気。


その昔、王朝時代、バユングデの人々が王に土地を与えられ、移り住んだのがこの村だといわれています。
それで、敷地の使い方がほんとに似ているんです。
村の中央を南北に一本の大通りが走り、その両側に短冊状の敷地が大通りに垂直にのびる。

敷地の周りを囲む塀に、隣の敷地と行き来するためのちょっとした通路が設けてありました。
おとなりさ〜ん、っておすそ分けとかするのかな・・・。

山岳地帯の家は台所が室内にある形でした。
だんだん平野部に近づくにつれて、建物自体は分棟式になってくるのですが、ここでは、建物は分棟化されたものの、台所の中に寝台が設けられています。

おばあちゃんの話によると、朝早くは、寒いし、ねむいので、火を使ってて温かい台所で料理をしながら、ベッドに横になっていることも多いのだとか。


トゥガナン

 
グリンシンというイカットや、おなじみアタバッグは、この村、トゥガナンからやってきています。
バリ島東部のチャンディダサに近い山あいの村、トゥガナンは、バリの先住民族であるバリアガと呼ばれる人たちの村です。

バリ島では、バリヒンズー教が信仰されているのですが、そのバリヒンズーの影響をあまり受けていないため、他のバリの村々とは、かなり異なった様相をみせています。
バリ島の中に、トゥガナン以外にもバリアガの村はありますが、比較的山間部に立地しているのも特徴です。


村の穀倉。共同施設がとても多い。    染色に使うために、バナナの幹を煮出しています。


村の儀式棟。村のお祭りでは、この儀式棟いっぱいにお供えが供されます。

バリの民家、結構面白いでしょう??
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